2015年御翼12月号その1

カーネル・サンダースの教え

 

 5歳で父親を亡くしたカーネル・サンダースは、7歳になると母親がトマトの缶詰工場で働き始めたので、カーネルは弟と妹の面倒を見るようになる。ある日カーネルは「母親の調理法をまねてパンを焼こう」と思い立つ。見よう見まねで焼いたパンは上々の出来上がりで、「これをママに見せてやろう」とカーネルは弟と妹を連れて缶詰工場に向かった。妹のキャサリンはまだ歩けないからカーネルと弟のクラレンスが順番に背負う。工場ではカーネルの母が、他の女性たちと一緒に一列に並んでトマトの皮を剥(は)いでいた。カーネルが自分で焼いたパンを見せると母親は大喜びした。更に工場にいる女たちも七歳の子どもが焼いたと知って驚き、カーネルをキスの嵐で祝福する。これが自分にとって料理人としてのスタートとなった、と後に回想している。
 カーネルはこの母から、キリストの教えを厳しくし躾けられていた。酒もタバコもやらないよう教えられてきたことが、後の彼を救うのだ。その後、数々の職を手掛け、四十歳でケンタッキー州でガソリンスタンド経営を始める。ところが、「この街にはろくなレストランがありゃしない」と長距離トラックドライバーたちが愚痴をこぼす。「人にしてもらいたいことを人にしてあげなさい」(マタイ7・12)というイエス様の教えに従ってカーネルは、彼らに美味しいものを食べさせてあげたいと、ガソリンスタンドの小さな倉庫で食事を提供する。やがてメニューに新しく加わったのが、フライドチキンであった。それが口コミで評判となり、やがてガソリンスタンドを手放して150席のレストランを始めると、大繁盛となった。ところが、近くに高速道路が建設されると、トラックも旅行者もカーネルの店に立ち寄らなくなり、売り上げは半減、店をオークションに出して売却する。当時のカーネルは、税金の支払いのために借りたローンがあったので、すべて支払うと一文無しとなった。カーネル65歳のときである。「ワシはかつて神を必要とした。しかしあのときほど神を必要としたことはない」と後に彼は語っている。そして、自分にしか作れない、あのフライドチキンのレシピをレストランに売るという「フランチャイズ方式」を思いつく。その第一号店となったのが、ピート・ハーマンの店である。ピート・ハーマン夫妻とは、一九五一年の全米レストラン・コンベンションで出会うが、ピートも生後すぐ母を亡くし、高校時代から働き始め、レストランを経営していた。更にピートがカーネルと似ていたのは、酒もタバコもやらないという点である。コンベンションの参加者は、講義が終わると打ち上げと称して飲みに出かける。自然とカーネル夫妻とピート夫妻の四人は夕食をともにすることになる。そして始終レシピについて語り合った。
 翌年の1952年、カーネルはキリスト教の大会のためオーストラリアに向かう用事があり、その途中、ピート・ハーマンの店に立ち寄り、フライドチキンを作って食べさせた。しかし、ピートはまだ自分の店でフライドチキンを売ろうとは言わない。失望してカーネルは旅立ち、オーストラリアから帰国し、再びピートの店に立つと、そこには「どこか新しく、どこか違う―ケンタッキー・フライドチキン」と店の窓に2メートルもある文字で記されている。ピートはカーネル流のフライドチキンを販売することに決めたのだ。「僕はケンタッキーに行ったことはないけれど、ケンタッキーという言葉には南部のもてなし精神を感じる」とピートが名付けたのだった。このネーミングをカーネルも気に入り、「最初にフライドチキンを提供したのもケンタッキー州だったからね」と述べている。
 酒を飲まないことで、フランチャイズ第一号店へと導かれたカーネルであり、後にピートと共に世界企業への道を開いて行く。そして、牧師が運営する孤児院や教会への寄付をはじめ、様々な慈善活動を行う。神から愛を受け取って、分け与えるという使命に集中することが、放縦で酒浸りの生活から逃れる秘訣なのだ。以下は、カーネルの聖書に基づく人生観である。

カーネルがロータリー・クラブで出合った四つのテスト
1.嘘偽りはないか?
2.関与するすべての人に公正か?
3.信用と信頼を築けるか?
4.関与するすべての人に利益があるか?

 ワシにとってお金がすべてではない。ずっと言ってきたように、ワシは良いことや人を助けることにより興味をもっていた。36年以上も前に参加したロータリー・クラブのスローガンが「我が身の前に他人に奉仕せよ」と言うようにじゃ。
 安易な道は効率的だし時間もかからない。困難な道は骨が折れるし時間もかかる。しかし時計の針が進むに従って、安易だった道が困難になり、困難だった道が容易になるものじゃ。
 中野 明『カーネル・サンダースの教え』(朝日新聞出版)より (聖句は佐藤 順による引用)

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