2026年御翼4月号その3

 

2026年春のNHK朝ドラの主人公のモデル・大関 和(ちか)

 この春始まったNHK連続テレビ小説(朝ドラ)「風、薫る」の主人公のモデルは、クリスチャンの「看護婦」大関 和である。明治時代、正規の教育を受けた看護婦はおらず、医師の下働きや病人の召使いのように見られており、「金銭のために危険で汚い仕事をする女たち」という偏見もあった。看護は卑しい仕事とされ、世間から蔑まれていたのだ。
 和は一八五八(安政五)年に黒羽(くろばね)藩(現在の栃木県大田原市)の家老(大名の家臣団の最高幹部)の家に生まれる。18歳の頃、親の勧めで同郷の元藩士と結婚し、二人の子をもうけるが、夫の不実がもとで離婚する。自立を求めて和は子どもを連れて東京の実家に戻り、育児を母に託して英語塾に通う。それは植村正久(まさひさ)牧師の弟が主宰していた塾で、やがて和は植村牧師と出会い、教会に通い始める。ある日、和は植村牧師から看護婦になることを勧められる。当時、キリスト教関係者によって看護学校が次々と設立されていた。「いかに落ちぶれたとは言え、看護婦などとは情けない」と和は当初、猛然と拒否する。和には武家の家老の娘という自負もあった。しかし植村牧師は、「病人を真心をもて親切に看護し、天父(てんぷ)の慈愛を顕(あらわ)すは之(これ)に勝る伝道なし」と勧めた。看護婦養成所を設立したマリア・ツルー宣教師は、日本で正式な看護婦を育てることが夢であり、「国を強くするには人を健全にせねばならぬ、人を健全にするには、信仰ある看護婦がなければならぬ」と語っていた。やがて和は、看護を通して神に仕えるのが自分の道だと決心する。和は養成所入所の翌年、29歳で植村牧師から洗礼を受けた。「これより罪を悔い改めて神に従っていく」との信仰は、その生涯を貫く力となった。
 和は帝大病院(現・東大病院)の外科看護婦長として勤務する。有能で美しい彼女は、若い男性医師にとって憧れの存在、患者たちからも信頼が篤く、人気があった。和は、「看護婦となりて以来二十三年の今日迄(まで)一人として病人に嫌われし事なきは私の断言して誇る処であります」と記している。「患者に誰一人嫌われなかった」とは、よほどの自信と実績がなければ言えない。犠牲と奉仕の精神で、真剣に向き合って看護をしていたからこそ、こういうことが言えたのだ。和はこう記している。「私たち人間は、神によって造られました。此(この)造り主なる神の有難い嬉しい愛と恵を思う時、どうして空しく之(こ)を受けて居(お)られましょう。どうぞして此(この)御恩(ごおん)の万一でも報じ度(た)いと思いました処が、父なる神は霊にましませば、只其(ただその)戒めを報じて、其(その)隣り人を愛さねばなりません」と。
 和の功績のひとつは、職業としての「看護」を打ち立てたことにある。もう一つの功績は、看護婦の資格制度を定めた国の看護婦規則制定に向けて、内務省の後藤新平に何度もかけ合い、その実現に貢献したことである。この規則ができる以前は、看護教育を受けた人も一切教育を受けていない人も「看護婦」と呼ばれ、一緒に看護の仕事をしていた。「いやしい仕事」という偏見を打ち破り、近代日本で看護師の地位確立に貢献した。その活動の源はキリスト教信仰による使命感だった。


 御翼一覧  HOME