2026年御翼3月号その4

 

妻は厳しい批評家であり、最大の理解者---ミッフィーの生みの親ディック・ブルーナ

    世界中の子どもたちに愛されるうさぎの女の子ミッフィー、その生みの親ディック・ブルーナ(2017年2月召天)がクリスチャンであることは、教文館の店員さんから聞いた。ブルーナが出版した絵本は百二十冊以上(ミッフィーは三十四冊)、五十数カ国に翻訳されているが、ミッフィーの絵本の中に『クリスマスってなあに』という、イエスの降誕物語があることが、作者ディック・ブルーナの信仰を表わしている。
 ブルーナは、絵本に限らず、ポスターもロゴも、自分用のクリスマスカードさえも、作品が仕上がると、真っ先に妻イレーネに見せ、意見を聞いていた。「彼女には見る目があるんです。専門知識はありませんが、彼女の感じることはいつも正しい」と彼は言う。作品ができるまで、ブルーナはだれにも見せず、その間、1人で椎敲に推敲を重ね、あるときは1枚の絵を100回も描き直す。そして、あとは印刷所に回すだけ、という段階まで仕上げたものをまずイレーネに見せるのだ。そのときはイレーネをスタジオへ呼ぶ。彼女が作品に見入っているあいだ、どういう感想を語ってくれるのだろうかと、いつもヒヤヒヤして、落ち着かず、コーヒーをいれたり、バタークッキーをたくさんお皿に盛ってしまったりして返事を待つ。「作品がひとりよがりなものになっていないだろうか?」という不安はいつもある。夢中になって打ち込んだものには、作品がひとりよがりなものになっている危険性がついてまわる。彼女がOKと言えば、即刻、印刷所へ持ち込み、少しでも首をかしげれば、作品は倉庫に眠る。「彼女がよくない、と言ったものには必ずまずいところがあるから」だという。そして、1か月ほどしてもう一度何が悪かったかじっくり見直し、手直しをする。それでもOKが出なければ、永久にその作品が世に出ることはないのだという。
  「若いときには、『大人になれば、たしかな仕事ができるもの』と思っていましたが、そうではないのです。どれだけ描いても、慣れた仕事であっても、その出来ばえに謙虚になることは、創作活動に必要です。いくつになっても不安はつきもの。だから、批評家が必要なんです。家族でも友人でも、この人のアドバイスなら素直な気持ちで聞くことができるという、信頼できる人をもつことは、人生のなによりもの財産になると思います。僕の場合、それが妻であることが最大の幸福です。妻には専門的な知識はありません。でも読者としてのよい目をもっています。イレーネは、とても聡明ですてきな女性です。母親として三人の子どもをしっかりと育ててくれました。そして、ぼくがつくったすべての作品をいちばん最初に見て、忌憚(きたん)のない意見を聞かせてくれる批評家でもあります」とブルーナは言う。ブルーナの宝のひとつに壁掛けがある。「成功する男の後ろには必ず『違う』と言ってくれる女性がいる」と壁掛けには書いてあり、「これは真実だと思うよ」と彼は言う。それはイレーネからブルーナヘの贈り物であった。
 この壁掛けについて、妻のイレーネはこう言う。「あの壁掛けをプレゼントしたのは確かにジョークではないわ。ただ名言だって思ったから。もちろん、私の言葉が彼に影響を与えているなんて考えたことはないけれど、相当効いているみたいね。でも、たいていは彼の作品は完璧よ。だって、彼自身が完璧と思わないと私に見せてはくれないから」と。イレーネは当初、自分の発言が夫の支えになっていたとは想像もしなかったという。ふだんは、夫の仕事に囗をはさむようなことはまったくない妻の反応次第で、作品が世に出たり、出なかったりすると、ディックが周囲にもらしたのを聞いて、驚いたのだった。でも、仕事で大忙しの夫は、家庭のことはイレーネまかせだった。しかし、夫が子育てを助けてくれたら、とは一度も思わなかったという。「それより彼が私の助けを必要としていたくらいですもの。だって彼はスタジオで毎日真剣勝負をしているんですよ。そんな彼が順調に仕事をするためには、私は彼を助けなくちゃいけないでしょ」とイレーネは語った。
 ブルーナ夫妻の長男は弁護士で、「父からは前向きに生きることを教わりました」と語る。次男は彫刻家、長女はテキスタイルデザイナー(カーテンやスカーフなどをデザインする)として、それぞれ両親を尊敬しながら活躍している。御翼2023年6月号その1掲載


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