ケン・シゲマツ『忙しい人を支える賢者の生活リズム』(いのちのことば社)より抜粋
金は、イエスが指摘されたように、ライバルとなる一つの神です。「だれも、…神にも仕え、また富にも仕えるということはできません」(マタイ6章24節)。イエスは、富という箇所にマモンという言葉をお使いになりました。
マモンは、「私たちが信頼を置くもの」という意味です。私たちは、幸せになるにはお金の力と安心感が必要であるかのような社会の中で生きています。旧約聖書では、神の祝福は、作物の豊作やミルクやはちみつの豊かな収穫量で表されることが多いようでした。しかし、新約聖書の時代になると、神の祝福は物質的な物から霊的なことへと移行します。つまり、私たちが豊かに献金すると、物質的祝福が与えられる場合もあれば、霊的祝福が与えられる場合もあるということです。
霊的祝福とは、神を深く信頼できること、試練のただ中で平安が与えられること、人に霊的な影響力を持つことなどです。神がどれほど豊かに与えてくださったかを知ると、徹底した献金で感謝を表したくなります。もともと、私たちのお金はすべて神のものだということを忘れてはいけません。持っている物を自由に与える人が、真に富む人です。お金は、神と隣人を愛するための手段として用いるものです。
茶道の師範で同信会の伝道師であった藤尾英二郎先生は、趣味は献金かと思うほど献金に励まれた。「よく献金できる時は、不要なものや、買わなくてもよいものは買わなくて済み、出さなくてもすむ金は出さずに済んでいる」と先生は言われた。マラキ書3章10節には、神は全収入の1/10を捧げたとき、限りなく祝福を注がれるという約束があるが、先生の場合、1/10はなく、3/10や4/10だったりした。「そして、捧げれば捧げるほど、主は祝してくださると固く信じていたし、事実そうなった」とご子息の藤尾正人師は言う。藤尾英二郎先生のお顔は、平安で光り溢れ、その生涯は神の祝福で満ちておられた。
御翼2023年5月号その4掲載