2022年御翼4月号その3

 

家庭で信仰を伝えなければ ――  シール・マクラウ

 精神的にすさんだこの世の中で、人が必要としているものは、心の中をさらけ出し、正直に話し、拒否されることのない小グループである。まずは家族がその役目を果たさなければならない。家庭とは二、三人、あるいはもう少し大勢の人々が、配慮し合い、分かち合う場であり、飾り気がなく、勇気ある人々の共同体である。そこは、人々の魂、心、体の病が癒やされるべき場である。
親としての第一の責任は、子どもたちが心から愛されているという気持ちになるよう配慮することである。ジョン・ドレッシャー牧師の息子が小さいとき、嵐の夜の雷と稲妻におびえた時、「お父さん、こわいよ。来てちょうだい」と叫んだ。「大丈夫だよ。神さまが守って下さるから」と言うと、「わかってるよ。だけど、今、どうしても手をにぎってほしいんだよ」と言った。子どもは両親に受け入れられていると感じる時、人々からも神からも受け入れられていると思うのである。
 神の愛と慰めを、家庭を通して子どもが体験できなかったとしたら、この世のどこで、それを知ることができるだろうか。ロシアの文豪トルストイは、「神を教えない教育は悪魔を作ることだ」と言っている。公教育において神を教えることはできない。子どもたちに神を教えるのは家庭や教会の責任であり、キリストの救いは家庭から社会へと広がって行く。

米国のクリスチャンの女流作家のシール・マクラウドは幼い頃、両親が離婚している。原因は父親の飲酒であった。そして、両親の結婚生活を破綻させたのと同じ問題が、シール自身の家庭にも起こって来る。セールスマンの夫ヒューは、セールスの世界で慣例のカクテルパーティーを自宅でよく行っていた。シールはセールスマンが集まって大酒を飲み、下品な会話をするのが不快だった。「しかし、夫を失いたくなかったから、融通のきかない妻だと思われるような行動はとれなかった。米国中を捜しても得がたい魅力的な男性と結婚していながら、その夫が深酒をすることがたまらなく嫌だった」と彼女は言う。せっかくの水いらずの家庭でのクリスマスが、父親の二日酔いでめちゃめちゃにされている家庭があまりに多いことをシールは見てきた。
 長い間、この夫婦は夕食の前にカクテルを一、二杯飲むことを習慣としていた。この習慣を止めるためには大変な勇気が必要だった。夫が仕事で六ヶ月留守をした後、シールは思い切って切りだした。「ねえ、あなた。六ヶ月もあなたがいらっしゃらないなんて、私にとって最悪だったわ。みんな、とても寂しかったわ。でもね、一つだけいいことがあったの。私はね、好きでないカクテルを無理して飲まない方が、夕食はおいしいし、話し合いの時間もたくさんあるのよ」と。
 夫は相変わらず驚いて、じっと見つめているだけ。凍ったように座っている。シールは彼を傷つけたくなかったが、続けた。「あなた、ごめんなさいね。これは飲酒からの自由、それにまつわるすべての問題からの自由なのよ。私は自由になりたいの」と。シールは涙を見せまいと、顔をそむけた。これだけ言うのに、大変な勇気が必要だったが、とうとう言ってしまった。すると、「ぼくは全く分かっていなかった」と言って夫は妻の手を握りしめ、彼女を腕の中に引き寄せた。彼は理解してくれたのだ。妻が長い間恐れ、とりつくろい、怒りを秘めてきたことが、まるでうそのようだった。ようやくこの夫婦は神が望まれるような者になるための、出発点に立つことができた。
 アルコールの問題で葛藤し、自分の信仰の不十分さに直面した二人は、求道者となった。家族で教会に行くようになり、夫はクリスチャン実業家の昼食会や早朝聖書研究会に参加した。シールはクリスチャン作家として出版し、教会やキリスト教婦人クラブで講演を頼まれるようになった。夫のヒューは、新しい道に満足するにつれ、酒が欲しいとは思わなくなった。キリストに仕える使命のある新しい生活は充実し、豊かなものとなった。ヒューは、商談のために酒を飲み、アルコール中毒に戻ってしまったあるセールスマンを助けた。彼にキリストによる赦しを求め、飲酒の悪癖を直してくださるように祈ることを教え、オフィス用品の商談は酒を飲む機会が多いから、やめたほうがいいと忠告した。彼は、その忠告を受け入れ、ファミリーレストランに商売替えをした。今では、彼は四人のクリスチャンと共に八軒のレストランを経営している。飲酒の悪癖を克服しようとしていた一人の青年を助けるのに用いられたこと、更に重要なのは、キリストを見出す手助けができたというこの出来事は、ヒューにとって非常な喜びとなった。

 御翼一覧  HOME