2018年御翼8月号その3

                           

工藤美知尋(みちひろ)著『海軍大将 井上成美(しげよし)』

 『海軍大将 井上成美』を工藤美知尋氏が出版された。これは、井上大将が洗礼を受けたクリスチャンであった、と初めて証言した単行本である。
 井上成美は、珊瑚海(さんごかい)海戦の指揮官として参戦した。珊瑚海海戦とは、一九四二年(昭和十七年)五月上旬、米軍の強力な航空基地がある、パプアニューギニアの首都ポートモレスビー攻略を目指す日本海軍と、それを阻止しようとする連合国(アメリカ合衆国・オーストラリア)軍の間で発生した海戦である。この海戦は、史上初の航空母艦同士の戦闘で、日米両軍とも空母を1隻ずつ失った。しかし、そのときの現場の指揮官から、「敵空母二隻撃沈」「本日第二次攻撃ノ見込ミナシ」との報告があったことから、井上は現地指揮官の判断を尊重し、攻撃中止命令を出した。結局、日本はポートモレスビーを攻略することはなく、作戦は失敗したため、井上は「弱虫!」とのレッテルを貼られる。しかし、日本側の使用可能機がわずか39機だったため、ポートモレスビー攻略を成し遂げることは不可能だったであろう。
 日本軍には、防御よりも、先手を打って攻撃するという考え方が強かった。例えば、零戦には防弾装備は一切ない。日本軍は「神がかり的」になっていたのだろうか。そんな中で、井上成美は物事を総合的に判断する「良識」を備えていた。それゆえ本書には、「海軍良識派」の一人とある。「日本海軍にあって井上成美ほど、日本が対米英戦争に突入すれば必ず敗北すると確信していた提督はいなかった。井上は昭和19年8月、海軍次官(海軍省と軍令部の間に立つ要職)に就任すると、…一日も早くこの戦を終結に持ち込むべく、密かに終戦工作に着手した。戦前・戦中・戦後を通して、日本のリーダーの中で井上成美ほど自らの生き方に厳しく、高潔であった人間はいなかった」と、工藤氏は記している。

『聖書』を糧に生きた井上
 昭和三十四年、井上は海兵三十七期クラス会に、「毎日平凡ながら満ち足りた生活をしている。最近読んだ本で私が気に入った本は、『積極的考え方の力』ですが、クリスチャンでない私も面白くためになりました」との一文を寄稿した。…洗礼を受けていた井上が、「クリスチャンでない私」という不思議な表現をしている。筆者はこの井上の記述に関して、…『牛込キリスト教会』の佐藤牧師の解釈は、次のようなものであった。
「井上はクリスチャンでなくても、自分は『イエスの弟子』だと認めています。『クリスチャン』というと、毎日曜、教会通いし、讃美歌を歌い聖書を読み、祈るという事をイメージしがちですが、しかしそれだけで真に『イエスに従っている』という事にはなりません。実生活の中で神の愛と義とを実践してこそ、真の弟子と言えます。したがって『クリスチャン』でなくとも、井上は忠実な『イエスの弟子』なのです。『イエスの弟子』という表現は、『生きる道』であり、脱宗教を意味します。したがって、勧明寺で井上成美の葬儀が行なわれたとしても何ら怪しむことではないのです。井上は、キリストの教理を人生の指導原理として、『単なるクリスチャン』から、さらに『イエスの弟子』に昇華し、信仰によって多くの苦難に耐えたのです。それゆえに鍛えられ、若き日にその始めを持ったところの信仰の生涯を貫き通すことが出来たのです」錨のマークが描かれたコーヒーカップを手にしながらの佐藤牧師の話はさらに続いた…
海軍内部からも、「弱虫」などと言われた井上成美大将であった。しかしそれは、信仰故に行った良識的な判断の結果であり、海軍次官となってからは一日も早い終戦に向けて尽力された。

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